「うちはまだExcelで回ってるから、システム化は急がなくていい」。経営者から何度も聞いたセリフだ。確かに、目の前の業務は回っている。売上も立っている。困っていると言えば困っているけど、致命的ではない。
この判断が間違っているとは言わない。ただ、「回っている」の内実を分解してみると、見えていないコストがかなりあることが多い。
Excelの「見えないコスト」を分解する
Excelで業務を回しているとき、表面的には問題なく見える。でも、以下のようなコストが水面下で発生している。
まず、作業時間。ある製造業の会社では、月末の集計作業にスタッフ2人が丸2日かかっていた。時給換算で月に約8万円。年間で100万円近い。これは売上には見えないけれど、確実に発生している人件費だ。
次に、ミスの修正コスト。Excelは手入力が基本だから、入力ミスやコピペミスが避けられない。あるサービス業の会社では、請求書の金額ミスが月に2-3件発生していて、その修正と顧客への謝罪対応に毎月5-10時間を費やしていた。顧客の信用に関わるリスクも含めると、コストは数字以上に大きい。
そして、属人化。「このExcelの関数は田中さんしかわからない」「このマクロは鈴木さんが作ったから触れない」。特定の人に業務が集中して、その人が休むと業務が止まる。退職したら引き継ぎに数ヶ月かかる。これは経営リスクそのものだ。
「回っている」は「最適」ではない
Excelで回っているという判断は、「業務が破綻していない」という意味であって、「業務が効率的に運営されている」という意味ではない。
人間は現状に慣れる。毎月の集計に2日かかることが「普通」になれば、それが問題だとは感じなくなる。新入社員が「これ、もっと楽にできませんか」と聞いても、「昔からこうやってるから」で終わる。
現状維持バイアスと呼ばれる認知の偏りだ。今のやり方を変えるコストとリスクを過大に評価して、今のやり方を続けるコストを過小に評価する。経営判断としては、両方を正確に把握した上で比較するべきなんだけど、日々の業務に忙殺されているとその余裕がない。
システム化に踏み切る3つのシグナル
とはいえ、すべての業務を今すぐシステム化する必要はない。タイミングを見極めるために、3つのシグナルを判断基準にすることを勧めている。
ひとつ目は、同じデータを複数のExcelファイルに手入力している状態。顧客情報を営業用のExcel、請求用のExcel、サポート用のExcelにそれぞれ入力しているなら、それは一元管理すべきサインだ。二重入力、三重入力はミスの温床になるし、「どのExcelが最新か」で揉める時間も無駄だ。
ふたつ目は、Excelの行数が1万行を超えている状態。ファイルが重くなって開くのに時間がかかる、検索がまともに機能しない、誰かが編集中でファイルが開けない。Excelは数千行までの管理ツールとして優秀だけど、それを超えるとデータベースの仕事を無理にやらせていることになる。
みっつ目は、特定のスタッフがいないと回らない業務がある状態。その人の頭の中にある「暗黙のルール」がExcelの運用に組み込まれていて、マニュアル化もされていない。退職や異動のリスクを考えると、このタイミングでシステムに業務ロジックを移しておくべきだ。
3つのうちひとつでも当てはまるなら、システム化の検討を始める価値がある。2つ以上当てはまるなら、優先度は高い。
全部を一気にやる必要はない
システム化というと、大規模な基幹システムの導入をイメージして構える人が多い。数百万円の予算、半年の開発期間、社内の業務フロー全体の見直し。そう考えると、「まだExcelで回ってるし」と先送りしたくなる気持ちはわかる。
でも、最初から全部をやる必要はない。
一番コストが高い業務、一番ミスが多い業務、一番属人化が進んでいる業務。そこだけを切り出して、一画面のシンプルなWebアプリにする。これなら開発費用は100万円以下に収まることも多いし、導入の負荷も小さい。
そして、その「一画面」を作る前に、まず7日間のデモで検証する。触ってみて「これは便利だ」と思えたら本開発に進む。「そうでもないな」と思ったら、別のアプローチを考える。小さく試して、小さく判断する。
放置のコストは毎月積み上がる
最後にひとつ、意識してほしい数字がある。
Excelの手作業に月20時間かかっているとして、スタッフの時給が2,500円なら月5万円。年間で60万円。3年放置すれば180万円だ。この金額があれば、小規模なWebアプリの開発費用を十分にまかなえる。
「まだExcelで回っている」は事実かもしれない。でも、回しているコストを計算してみると、「実はもうシステム化したほうが安い」という結論に至ることが少なくない。
Excel自体が悪いわけではない。Excelは素晴らしいツールだ。ただ、Excelが得意な領域を超えて使い続けていると、見えないところで経営のリソースを食い続ける。今の業務を数字で見直してみることを勧めたい。